山間の集落と程よい距離を保つ 「晴耕雨読の  田舎暮らし」岡山県の北東部、鳥取県と兵庫県の県境に近い山村。最寄りの駅は、智頭急行智頭線の 「宮本武蔵駅」です。JR岡山駅から2回乗り換えて約2時間という山の中。 別荘地ではないので業者によって手を加えられた要素は何もありません。 山、田んぼ、小川、集落、そんなところにつくったこの家は、ちょっとお洒落です。

山間の集落に現れた、退屈知らずの「リッチ」なおうち

イエヒト: この土地はインターネットで見つけたそうですね。こういっては失礼ですが、大変な田舎でとても不便だと思います。もっと便利な別荘地があったと思うのですが、なぜここに決めたのですか?

Tさん: 別荘地は確かにいろんな施設があって便利なのでしょうが「田舎に持ち込まれた都会」のような一面もあります。私は、ふつうの田舎がよかったのでここを選びました。

イエヒト: 集落の中の古い家を買い取って改造するお考えはなかったのですか?

Tさん: そうすると、集落に住む人たちとさまざまなお付き合いが発生します。いくら田舎暮らしがしたいといっても、集落の人たちに気を使わせることになるかもしれません。ほどよい距離を保ってお付き合いする方が互いのためにいいと思いました。

イエヒト: 駅から家まで徒歩で優に1時間はかかります。車抜きでの生活はとても考えられませんね。

Tさん: 逆に、車さえあればさほど不便ではないんです。30分も走れば大きなスーパーで買い物ができ、ゴルフ場にも温泉にも行けます。考えてみれば、都会では味わえないリッチな環境、贅沢な場所なんですよ。この家からの眺望にしてもそう。南の方を眺めると、道路を挟んで自家栽培用の田圃があって、田圃の向こうには鬱蒼とした杉の古木に囲まれた神社の森が見えます。もちろん、1日中周辺の山や谷や小川を探索しても退屈しません。

外観

レストランと間違えそうな外観ですけど、山間の集落に建てた住宅です。このあたりを通る人はあまりいません。外壁は、ヨーロッパ漆喰掻き落とし仕上げ・ハビスタンブ。通販で購入した鉄製のアーチ。中国製で表面は焼き付け塗装が施してあります。これで3,980円!


オープンシステムとの出会いがもう少し早かったら...

イエヒト: ところで、Tさんが家を取得したのはこれが3度目、新築したのは2度目だそうですね。

Tさん: 最初は小さな建売住宅を購入して10年住みましたが、手狭になったので建て替えることにしました。新しい家には自分の考えを反映させようと、工務店の注文住宅で建てました。確かに、注文は聞いてもらい、自由に設計できたような気もします。だけど、満足感はありませんでした。それはなぜなのか、ずいぶん考えましたよ。

イエヒト: 工務店で家を建て替えたすぐ後に、「オープンシステム」という建築方式を知ったそうですが、その時どうお感じになりました?

Tさん: たしか、テレビで観たんじゃないかな。特にデザインにこだわる主義ではないのですが、工務店をはさむのではなく、直接設計事務所と話し合いながら、自由に設計できたならもっと楽しかっただろうな、もう少し早く知っていたらと、残念に思いましたね。

イエヒト: オープンシステムで家を建てたのはそれから15年後のことだそうですね。

Tさん: やっぱり、理想の家を建てたいという欲求には負けてしまって(笑)。ただ、こんな山の中でオープンシステムを行う設計事務所はあるのだろうかと心配しながらネットで検索しました。

イエヒト: そこで出会ったのが中谷建築設計室の中谷昌明さんというわけですね。

Tさん: はい。それですぐにお会いして、家づくりの事前相談に乗ってもらいました。信頼できる人だと思ったので、中谷さんと家づくりを進めることにしましたが私は大阪住まいで中谷さんは岡山県の山の中。もっぱらeメールで打ち合わせをしました。部屋の広さや間取りの希望など、訊かれたことは工務店の時も中谷さんの時も同じ。ただ、私が伝えた以上のことを、中谷さんは結果的にちゃんと反映させてくれたのです。そこが工務店と中谷さんの大きな違いでした。

室内

左)天井の仕上げは、針葉樹の構造用合板のままです。合板の厚さは30ミリ。壁の仕上げは、珪藻土塗り。床はヒノキを製材して加工したフローリング。壁の断熱は現場発泡ウレタン。屋根の断熱はボード状の断熱材を使った外断熱工法です。
右)薪ストーブはアメリカの輸入代理店から直に購入しました。家の断熱性能が高いので、ストーブに火を入れると十分過ぎるほど暖かくなるといいます。

室内

模型は間取りや空間の構成がよく分かります。設計者の中谷さんも、この模型で屋根の形状を確認し、構造の組み方を検討したといいます。「模型は、工事現場でもけっこう役に立つのですよ。職人に難しい収まりを説明する時、模型があると話が早いのです」と中谷さん。


濡れ縁とウッドデッキとバーベキューテラス

イエヒト: この家で特徴的なのは、内と外を繋ぐ3つの中間領域ですね。『濡れ縁』と『ウッドデッキ』と『バーベキューテラス』は、それぞれがまるで「屋外のリビング」みたいです。家の中のリビングに加えて、外にもリビングが3つなんて、羨ましい限りです。

Tさん: 庭に面した濡れ縁は、ぽかぽかと陽だまりが気持ちいい。農作業の合間に腰かけて一服していると、ご近所の人達が「採れたての野菜を食べんかね」と、玄関ではなくここから顔を覗かせます。なんとなく日本人のDNAが反応するような濡れ縁です。
それから北東の一角の水路に面したところにウッドデッキがあるんですが、陽ざしが建物で遮られ、夏いちばん涼しい避暑地のような場所なんです。初夏の日暮れ時には、ホタルの乱舞にも出会えます。

イエヒト: 僕が一番興味深く思ったのが、バーベキューテラスです。西に向かってなだらかに傾斜している地形の、最も開けている西側をあえてコンクリートの壁で塞ぐことで、リビングが外に向かって思い切り解放された感じですね。

Tさん: 建築中は、凄い壁だとびっくりしました。でも、出来上がってみると、これが丁度いい大きさなんですね。外からの視線を遮り、かといって閉鎖的でもありません。バーベキューをしているのが、外を通る人に分からないのがいいですね。すぐ横には洗い場もありますし、準備や後片付けに手間がかからないので、誰かが来ると「さあ、やりますか」と、気楽に始められます。目下のところ、3つの中間領域で最も活躍しているのがここです。

イエヒト: 変化の乏しかった田舎に、突如都会から移住してきたTさんを、集落の人たちは興味津々で見ておられるのではありませんか?

Tさん: それがね、この辺りに都会から移住する人もけっこう多いんです。私も2~3人知っています。これから、まだまだ増えるかもしれませんよ。

<空>

左)日本の民家に残る縁側の機能がここにあります。外来者との接点です。「庭仕事に精が出るね。採れたての大根食べんかね」「ありがとう。まあお茶でも飲んでいきんさいな」
右)ウッドデッキの向こうには民家が点在します。お隣さんまでの距離は、だいたい100mくらい。この程よい距離感がいいとTさんは言われます。昔から住んでいる人たちに気を使わせないし、こっちも気を使わなくていいからだそうです。

<空>

左)敷地の一角の畑。緩やかに湾曲したコンクリート壁の向こう側にバーベキューテラスがありますが、外からはそれとは分からないように工夫しています。
右)コンクリートの壁をつくることで、外と内の中間領域ができました。リビングを外に向かって思い切り解放できます。友人が来ると、「じゃあやろうか」と、ここでバーベキューパーティーが始まります。

設計管理 中谷建築設計室 中谷昌明 (岡山県美作市)