家づくりは試行錯誤の連続。特に選択肢が多いと、迷いも増えるもの。 そんなとき役立つのが、実際に家を建てた人の体験談です。 中島伸一郎さんは、家づくりの過程を細部にわたってブログで公開し 「注文住宅の部」で人気ブログ1位に輝いたという家の依頼主。 それは多くの人が関心を示した家だったのです。

最初にこだわったのはガレージ 〜そこから

毎日500人以上がアクセスする人気ブロガー

家の前には、レトロな車が置かれています。1967年式の日産プリンス・スカイライン2000GT※。当時は「羊の皮を着た狼」と評された昭和の名車。車会社に勤める中島伸一郎さんは、車の修理もお手のもの。この車を「スカ爺」と呼び、修理しながら、いまも大切に乗りこなしています。

さらに、玄関左手にあるガラスのショーケースには、5種類の列車の模型が飾られていて、いずれはガレージの中に線路を敷き、列車を走らせたいのだとか。


家づくりの選択肢1階の寝室は、110インチの大型スクリーンを備えた本格的なホームシアターを兼ねています。スピーカーは、何度も試聴して原音を忠実に再現できる「タイムドメイン理論」のスピーカー(イクリプス)を選び、夜ごと映画や外国のドラマなどを楽しんでいるそうです。

2階の広々としたリビングルームの隅には、90㎝の水槽が2つ。右がカクレクマノミとイソギンチャクがいる海水魚水槽、左がテトラオドン・ファハカという淡水フグがいる淡水魚水槽。水槽の隣のケージで気持ち良さそうに寝ているのはプレーリードッグ。その隣に2台のモニターを連結させたパソコンなどなど...。

趣味が多く、やり始めると徹底してのめりこむ中島さんは、車や熱帯魚、パソコンなどについて、いくつものブログやサイトを開設しているパソコンのヘビーユーザー。それだけに、家づくりへの熱意も半端ではありませんでした。「THE中島邸〜分離発注で挑む建築日記〜」というブログは大人気を博し、家づくりの真っ最中には毎日500人を超える人が訪れ、「日本ブログ村」の「注文住宅」部門で1位を獲得したこともあるそうです。


心に決めていた 木製のガレージシャッター

家づくりを考え始めたのは2006年の初頭。住んでいたマンションの建て替えが決まったことがきっかけでした。車好きの中島さんにとってガレージ付きの家が夢でしたが、当初は予算的に無理だろうと、ごく普通の間取りの家をイメージしていたといいます。けれど、調べていくうちにガレージ付きでもやろうと思えばできそうだ、という可能性が見えてきました。
「そこからですね。僕の暴走が始まったのは」(笑)

ガレージに取り付けるのは、最初から心に決めていた木製シャッター。それも、シャッターが天井に収納される、オーバースライダーというタイプ。見た目が美しく、音が静かで開閉も速いもの。住宅展示場めぐりから始め、各社に見積りを依頼していきましたが、ガレージ付きで...と言うと、「それは契約してからでないと...」と、なぜか営業マンの口が重くなったそうです。

心に決めていた 木製のガレージシャッター

左:美しい田園風景を心ゆくまで楽しめるように、建物の東側には、1階、2階それぞれにウッドデッキを設置。景観の邪魔にならないよう、手すりも細いものに。
右:木製のガレージシャッターと玄関。


納得できず、今度は建築士や工務店を片っ端からあたった。オープンハウスを見に行ったり、家に呼んで話を聞いたり...。

検討を続けた結果、最後は2者に絞って、プランで競ってもらうことにした。そうして決定したのが、SHU建築工房の高橋秀一さん。家づくりを考え始めてから1年近くが過ぎようとしていました。

想像もつかなかった「スキップフロア」の衝撃 〜こんな間取りが自分の家でできるとは!

規制に影響されない空間が生まれた!

購入した土地は「市街化調整区域」に指定されている田園地帯。農地などの無秩序な開発を防ぐために市街化を抑制している地区なので、建物を建てるのには規制があります。中島さんの家の場合も、建築面積62・93㎡まで、延床面積121・72㎡まで、軒高7mまでに制限されていました。

高橋さんは、中島さんの考えた間取りを見て、もう少し収納スペースがあると暮らしやすいだろうと考えました。そこで考えたのが、小屋裏収納とロフト。広さが「上下階の床面積の2分の1未満」、高さが「1.4m以下」という条件を満たせば、床面積にカウントされないスペースなのです。

高橋さんは1階と2階の間をスキップフロア(床の高さを半階ずつずらして配置する建て方)にして、そこに小屋裏収納を設け、さらに2階のリビングの上にロフトをつくりました。中島さんの考えた間取りはいじらず、立体的に変化を加えたのです。その結果、制限にかかることなく、実質的には30㎡も面積を増やすことができました。

自分で間取りソフトを使って数え切れないほどの間取りを考え、それでも満足できずに行き詰っていた中、高橋さんのプランに大きな衝撃を受けたという中島さん。

規制に影響されない空間が生まれた!

中島さんが考えていた間取りを、高橋さんが立体的にアレンジ。
1階と2階の間に小屋裏収納、2 階にロフトをつくることで、収納スペースは30㎡も増床。1階はビルトインガレージと、寝室、浴室、トイレ。中2 階に小屋裏収納。2 階にはリビングダイニングキッチンと、子ども室。
リビングルームの階段を上がるとロフト。東側にあるリビング、寝室、浴室からは、美しい田園地帯を見渡すことができます。眺望を楽しめるよう、ベランダは敷地いっぱいにつくった。下の模型は、高橋さんが家づくりの過程で製作したもの。一層ごとに分割でき、内部空間が一目瞭然。


「僕がイメージしていた配置を基に、立体的にスキップフロアを提案してくれたので、それが予想外だったんです。こんな家ができるんだって。スキップフロアという名前は知っていましたが、まさか自分の家で、しかも予算内でできるとは思ってもいませんでした」(中島さん)

目の前に広がる田園風景が100%楽しめるように、既製品では最大幅の関西間のサッシを入れた(幅3.8m、高さ2.2m)。


左;玄関を内側から見たところ。玄関ドアはトステムで、中にスライド窓が組み込まれた通風仕様。
右上:玄関を入ると目の前がH型鋼に木製の踏板階段。
FRP(強化プラスチック)製のグレーチング(鋼材等を格子状に組んだパネル)が印象的。
半透明なので圧迫感がなく明るい。
右下:階段と中2階の小屋裏収納を結ぶ床は、半透明のグレーチング。


「一緒に壁を塗りませんか?」

今度は自分が情報を発信してあげる番だ

中島さんが家づくりのブログを始めたのは、自分がそれまでに、建て主たちのブログから多くの情報を得ることができたから。ネットで公開されている日記は、家づくりにからむ本音や細かい情報の宝庫でした。「だから、今度はこっちも発信側にまわろうと思った。誰かが助かるだろうし、自分の記録にもなるし。困ったときには、どこかから情報がくるかもしれないっていう期待もありました」

凝り性の中島さんは、ほぼ毎日、ブログを更新。工事の様子や、購入した品などを写真に撮って掲載し、ユーモアのある文章で家づくりの日々をつづっていきました。

規制に影響されない空間が生まれた!

THE中島邸~分離発注で挑む建築日記~


アクセス数はみるみる上昇。失敗談や迷い、トラブル、お金に関することも公開されているので、偽りのない生きた情報として重宝されたのでしょう。読者からアドバイスをもらったり、お互いの情報を交換することもあったといいます。

また、中島さんは工事にも積極的に関わりました。家の中の壁塗り、床の塗装、ガレージの内装、自宅前のレンガ敷きなど、できる部分はどんどん自分で。そのセルフビルドの様子も、ブログに詳しく描かれています。

人気ブロガーならではのユニークな試みも。壁を塗る前に、ブログで「塗り手募集!」と呼びかけたところ、7人もの人が手を挙げたそうです。これから家を建てるからその参考にと訪れた人、壁塗りをしたことがないからと、冷やかしがてらやってきた人...動機はさまざまでしたが、皆さん真剣に壁塗りに取り組んでくれたそうです。中には2回来てくれた人や、たまたま上京していた沖縄の人も。結局壁全体の3分の1は、そんな彼らが塗ってくれたものです。

目の前に広がる田園風景が100%楽しめるように、既製品では最大幅の関西間のサッシを入れた(幅3.8m、高さ2.2m)。


コミュニケーション能力も、 いい建築士の条件

建築士の高橋さんも、進んで壁塗りなどの作業に参加。父親が大工で、中学時代から手伝っていたため、現場での作業は慣れたもので、足場の悪いところなど、難しい箇所を引き受けました。

中島さんは、高橋さんのコミュニケーション能力をこんなふうに評価しています。

「うちのカミさんは、いろんなことを質問するタイプなんです。だけど、建築士さんの中には『そんなことは考えなくていい。とにかく任せてください』とまともに答えてくれない芸術家タイプもいた。いろいろ要望を聞いておいて、『この予算じゃ無理です』の一言で片付けられることもあったし、僕の顔ばかり見てカミさんを無視する人もいました。高橋さんはどんな質問にも納得できる回答をくれるので、カミさんと会話が成立していました。高橋さんに決めたのは、そんな部分も大きかったです」

コミュニケーション能力も、 いい建築士の条件

左:キッチン。パナソニックのFITi(フィットアイ)を選択。奥さまの恵美子さんは、人造大理石の天板とステンレスシンクの組み合わせで探していたが、FITiはその部分の繋ぎの段差がほとんどないのが気に入ったそうです。
右:洗面室と一体化した広いトイレ。開放的な空間が好きな中島さんは、さらにトイレと浴室の間の仕切りを透明な扉に。お風呂はトステムのラ・バス。


映画のエンドロールのように残しておきたくて... 〜家づくりに関わった人たちの名前をパネルに

規制に影響されない空間が生まれた!

今度は自分が情報を発信してあげる番だ

時間をかけてつくりあげた家。こだわり派の中島さんは、ご自分で満足できているのでしょうか。
「一言で言えば『上出来』だと思うんです。自分でやってみたいことを全部検討することができました。当初考えていた家は30坪くらいで、ガレージすらなかった。水槽のためにFRPの特殊な床とか、オール無垢の床とか、珪藻土の壁とか、そういうカテゴリーの家に自分が住めるとは、そもそも思っていませんでしたから」

周囲で家づくりをしている人は、こだわっている人ほど不満を感じているように見えたといいます。
「だから、自分もそうなるんだろうなと思っていたのに、ほとんど不満がなかったって言っていいと思います。もちろんゼロじゃないですけど」


規制に影響されない空間が生まれた!

中島さんが納得できたのは、全部が明確だった点が大きいでしょう。
「『これはできない。理由はこうだ。いくらならできる。判断はまかせる』と、ブラックボックスになっているところがないんですね。そこが良かった。もっとも、ちょうど原油がどんどん値上がりしている時期で、原材料の値上がり分も明確で大変でしたが(笑)」>

中島さんは、この家の建築に関わった人たちのサインをパネルにしてガレージに飾りました。昔は「棟札」といって、建築目的や棟梁の名前、建築日などを記した札を、建物の記録として天井裏などに釘で打ちつける習慣がありましたが、その現代版とでもいうべきもの。
「映画を見ていると、エンドロールにスタッフの名前が流れますよね。友人が映画業界にいるんですが、自分の好きな作品に彼の名が残っていたりすると、正直うらやましい。だから、名前が残ることに喜びを感じる方やモチベーションがアップする方はいると思うんです。そのために自分がやれることをやってみた。そんな試みです」

中島さんの家づくりに関わった人たちは100人以上。パネルには、その中でサインを書いてくれた92名の名前が並んでいます。中には、上棟式で資材を運んだクレーンの運転手さんや地盤調査の人の名前も。けれど、記念とはいえ自分の親や子どもの名前は、直接家づくりに関わっていないので入れていません。家をつくってくれたスタッフへの敬意が感じられる、いかにも中島さんらしいこだわりです。

ロフトからも外の景色を楽しむことができる。天井は珪藻土クロス。珪藻土は吸湿性、断熱性、耐火性に優れ、消臭効果もあり、実際にプレーリードッグの臭いが気にならなくなったそうです。