
Sさんが生まれ育ったところは、古い屋敷が連なる閑静な住宅街。
「なかなか売り土地が出ないところなので、思い切って買っちゃいました」とSさん。いったん思いついたら決断が早いようだ。
Sさんは、もっと早い時期から家をつくりたいと思っていたが、タイミングがつかめなかった。住むところをこの街に限定していたわけではないが、いつも土地探しを後回しにしてきた。
ところが、生まれ育ったこの街に売り土地が出たと聞くと、すぐ見に行った。そこは2方道路に面した角地で、とても小さな土地だった。不動産業者の説明によると、敷地は細長く小さいが、1フロア最大25坪まで建築可能で、3階建てにすれば延床面積75坪の住宅だってできる、ということだった。50~60坪の家が建てられるなら十分だったので、Sさんは思い切ってこの土地の購入を決めた。こんなふうに、Sさんの家づくりは突然やってきた。
「この家でいちばん気に入っているところは?」とSさんにたずねたら、「う~ん」と少し考えて「住み心地の良さかな」と返ってきた。
Sさんが幼少期を過ごした実家の家は、冬になると家の中でも吐く息が白くなるほど寒かった。その実家の家を約20年前に建て替えたが、断熱性能はあまり改善されず、以前と同じように寒かった。
そこでSさんは、建築家の加藤さんに、デザインだけでなく住宅の基本的な性能(特に断熱性能)を満たすよう要望した。「断熱レベルを上げると、こうも違うものかと驚きました。蓄熱式暖房器を使っているので、ストーブのように直接的な熱は感じませんが、ぜんぜん寒くありません」とSさん。
Sさんの家はオール電化である。完成してからちょうど2シーズン過ごした。月々の電気代は、真冬のピーク時で約5万円。冷暖房を使わない時期だと数千円。平均して2万円くらいだという。



玄関の奥に倉庫がある。タイヤや、Sさんの仕事で使う品物などを置いている。
この倉庫以外に、主に屋内用品を保管する納戸もある。
ちゃんと寝室はある。だけどSさんはいつもロフトで寝ている。「家の中で好きな場所は?」の問いにも、1番は吹き抜けの螺旋階段で、その次がロフトだった。隠れ家みたいで、妙に落ち着くのだという。
Sさんと建築家の加藤さんは、どこにロフトを設けるかについて、随分考えた。
最初の案では、ロフトは寝室の上にあった。道路から見て、手前の子ども室より、奥の寝室部分を高くするほうがデザイン的に自然に思えた。ところがそれだと、空間的にロスを生む。最も合理的な場所が、子ども室の上なのだが...。
Sさんは、シンプルな箱型のデザインが崩れるのを心配した。形の美しさにとても敏感なのだ!建築家の加藤さんも同じだった。「ロフトって、本当に生活に必要なのだろうか? ハシゴを上ってまで、こんな狭苦しいところへいくのだろうか?」
Sさんと加藤さんは、ロフトのある生活を思い浮かべてみた。隠れ家のようにわくわくする場所。悲しく辛いことがあったときに逃げ込む場所。やっぱりロフトは、ほんの小さな空間なのに、この家を豊かにするように思えた。あれこれ思案の結果、子ども室の上にロフトを設けることにした。結果は、大正解。外観のプロポーションも、けっこういいではないか。


子供室の上につくったロフト。外観の美しさが崩れることを心配したが、このロフトは S さんの寝室として思った以上の機能を果たしている。子供室の上を他の部分よりちょっ と高くするだけでつくれたので、考えようによっては安上がりのロフトだ。やはり、つくって良かった!それにしても、たったこれだけの小さなロフトを決めるだけで、外観の美しさから日常の生活のシーンまで思い浮かべるとは...。家づくりとは骨の折れる作業だ。

フリースペースから下を見下ろす。右方にガラスブロック、中央に螺旋階段、左方は光のコートへ出る4枚引き戸。
「螺旋階段の家」は、CM分離発注方式でつくられた。従来の一括発注方式に比べてどのような違いがあるのか。設計監理を行なった加藤一成さんに聞いた。
----計画案や基本設計、あるいは実施設計での違いはありますか?
設計の中心は、建て主の思いを引き出す作業です。コミュニケーションが大切です。分離発注でも一括発注でも、設計の作業は何ら変わりません。大事なことは、建て主の思いがちゃんと反映され、どのような業者でも正確に見積ることができる図面を描くことです。
----工事費を見積るときと施工業者を決めるときはいかがですか?
ここが一番違うところですね。一括発注は、工務店に設計図面を渡し、あとは見積りの結果を待つだけです。参加する業者の数もせいぜい数社です。分離発注の場合は、業種ごとに見積りを集めます。木造住宅で約20の業種があるので、それぞれ2~3社ずつ見積ってもすごい数になります。仲介を通さず、専門業者からダイレクトに出てくる見積りを見るのはワクワクしとても楽しいです。
----それぞれの業種ごとの施工業者はどのように決めるのですか?
これまでの施工実績や分離発注に対する理解度、意欲なども参考にして決めます。価格が重要なポイントになるのは言うまでもありません。決定権はあくまでも建て主さんにあるのですが、実際には私とSさんの2人で協議して決めました。
----工事が始まってからは?
工務店への一括発注は、週1回程度のポイント監理ですが、分離発注の場合はほぼ毎日監理に行きました。
CM分離発注はデザイン上の制約を受けるのだろうか?それともデザインの可能性が広がるのだろうか?
引き続き設計監理を行った加藤さんに聞いた。
----設計監理者としての基本的なスタンスを聞かせてください。
考える人とつくる人、つまり設計者と施工者は別にすべきだと思います。設計も施工も一括で依頼すると、どうしても施工業者に都合のいい設計になりがちですし、施工のチェックも甘くなりがちです。

プレゼン時の外観。 2階、窓の部分が建物全体から少し突き出たような形になっている。
----このような個性的なデザインはどのようにして生まれたのですか?
Sさんが投げかけたアイデアを、私が形にして投げ返す。それを受け取ったSさんは更に修正を加えて投げ返す。こういうキャッチボールを繰り返すごとにアイデアがどんどん膨らみ、いい建物になっていくのを感じました。
----大事なのは、建て主と設計監理者のコミュニケーション、ということでしょうか?
設計は、建て主と建築家のコラボレーションだと思います。建築家の独りよがりの設計では、決していい建物にはならないと思います。

ガラスブロックの大胆な使い方。吹き抜けを貫通する螺旋階段。そして光のコート...。十分に個性的である。 Sさんの満足度はどうなのだろうか?
----もう一度つくるとしたら、どこを変えたいですか?
ガラッと変えてみたいですね。でも、この土地は狭い上に法的な制約もあったので、合理的に追求していくと、ほぼ同じ間取りになって、同じ形になりそうです。
----では、この状態でやり直してみたいところは?
2つの倉庫が思ったより広めだったので、もう少し縮めてその分リビングを広くしたほうがよかったかな、と思います。あとやってみたいことはあるのですが、果たしていまの状態とどちらがいいかわかりません。案外どちらも正解なのかもしれませんけどね。
----どういうところですか?
3つあります。1つは光のコートの壁をもう少し高くしてみたいこと。2つ目は模型のように2階の窓が出窓風でもよかったかなと思う点。そして3つ目はリビングの床材をやわらかい針葉樹でもよかったかな、というところです。
----設計にとりかかる前、そして設計中、頭の中に描いていたものと実際にできた建物と比べていかがですか?
思い描いていることを他の人に伝えるのは難しいですが、加藤さんはうまく感じ取ってくれました。私が頭の中であれこれ思い描いていたものより、実際にできた建物のほうが、ずっといいと思います。
